2011年10月13日木曜日

通販生活(カタログハウス)「救援募金を福島の子どもの甲状腺検査活動に使わせて下さい。」

通販生活HP | 東日本大震災に関して

"被災された方々のために 一口2000円~の「あなた方を忘れない救援募金」を立ち上げました この救援キャンペーンは2015年末まで続けます。"

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通販生活 2011年秋冬号82頁

読者の皆さまへ

来年1月からの「あなた方を忘れない救援募金」は、
福島の子どもの甲状腺検査活動に
使わせてください。

福島県では「18歳以下~ゼロ歳児までの36万人」に、

・11年10月から14年3月末にかけて、超音波による甲状腺検査を1回行い、現状を把握する。

・14年以降も18歳未満は2年ごとに、20歳を超えた人は5年ごとに超音波検査を行う。

・しこりなどの異常が見つかった場合は、採血、尿の検査などで詳しく調べる。

としています。(11年8月31日現在)

36万人という大量の数だから仕方ないとは思いますが、3年かけて1人1回、次からは2年に1回の診察というスピードはやはり現状に合わないのではないかと心配しています。
  これからの私たちの支援の課題は、福島県の個人線量、甲状腺超音波検査、一般健診をどうしたら補完できるか、にあると考えます。
  福島県では甲状腺の異常を超音波で調べる方法を採用していますが、もう一つの検査として、採血した血液中の甲状腺ホルモンの濃度から甲状腺機能の正常・異常を診断する方法があります。
80頁の『白樺湖7泊8日ご招待』では、JCF(認定NPO法人、日本チェルノブイリ連帯基金/理事長・鎌田實さん)のご尽力で福島原発から30キロ圏内の子どもたちを中心に130人の子どもたちが信州大学医学部附属病院の小児科(小池健一教授)で診察を受けました。
  その結果、10人が「念のため経過観察を要する」と診断されました。130人の採血分析および尿検査等の費用約52万円(健康保険3割負担)はJCFが払ってくださいました。
  このような検査であれば1人当り約4,000円でまかなえます。1万人で4,000万円、10万人で4億円。かつて本誌読者はチェルノブイリ子ども支援募金に総額4億7,481万2,055円を払い込んでくださいました。(90年冬号から08年夏号まで)
  福島県主催の甲状腺検査の具体的なスケジュールが決まり次第、県のスケジュールの間隔を埋めるかたちで、どの医療機関とどんな甲状腺検査をどの地区の何歳児から始められるか……いま、チェルノブイリの子ども医療支援で20年の経験をもつJCFの神谷さだ子事務局長を中心として対応策を練っています。
  来春から支援活動を始められる見通しが立てられれば、さっそく次号(12年春号)から、福島の子ども検査支援募金をスタートさせる予定です。

※該当ページには「信州大学医学部附属病院小児科で採血をする兄弟(11年8月18日)」というキャプションがついた写真が掲載されている。
今後のカンパ募金の使い道についてはこちら ( PDF, 1.51MB)


※その後カタログハウスは通販生活春号(2012年1月)において

「売上げの1%を福島の子ども支援に当てるとした11 年発行の「ピカイチ事典12 年版」の最終売上げ(12年6月30日締切)が60 億に達することがほぼ確定しました。その1%の6000万円(すでに1800万円支払い済み)があるので、春号での募金はけっこうです。」

という良くわからない理由から

「あなた方(福島)を忘れない救援」の募金は「通販生活」2012年春号ではお休みします。」

と公告した。4億円必要だと言っていたのにカンパ募金を一時停止したということは、募金の使途の再検討を行なっているのだろう。ただしHPには

"「来年1月からの「あなた方を忘れない救援募金」は、福島の子どもの甲状腺検査活動に使わせてください。"

というpdfも残されており、矛盾している。


2011年10月10日月曜日

瓦版 東北海岸の海嘯 発行人 原田音十郎 1896年6月23日

「地震火災版画張交帖」(石本コレクションI)目録 (via hasso)

瓦版 東北海岸の海嘯(目録番号 6) 発行人 原田音十郎 1896年6月23日


"明治廿九年六月十五日午後七時ニ始リ同十六日ニ至リ激震三十一回被害ノ實況 岩手縣釜石ハ死亡五千人斗流失 同盛町附近ハ死亡四千人 流出家二千餘戸 同大槌町附近ハ死亡六百人 流家五百餘戸 同山田町大半流失其附近合テ流失三百餘戸 死者千人 宮城縣ハ死亡三千百三名 傷者五百五十流失及ひ破損ノ家屋ハ九百七十三 同本吉郡歌津村ノ如キハ戸數六百一ハ家屋悉く流失 死者六百餘負傷者二百 同唐桑村ハ戸數七百七十ノ内流失二百六十死者八百二十三人ナリ 青森縣ハ三戸部五十余 上北郡ハ二百五十餘戸 流失死者不詳 同宮古町ハ流失家屋不詳死者七十餘"

"右ニ付三縣下到ル処電信不通ト相成ル 陸中ノ國海岸ニハ外國ノ汽舩三隻モ陸上ヘ打上ケタリ 各國ノ公使ヨリハ本國ヘ向ケ不残電報相成ル 岩手縣雄勝地方ヘ使役ノ重罪人二百四十名斗ハ百名程ハ死亡ス 并ニ出役人員モ多く殉難スルアリ 又同縣港町邊ハ帆前舩并ニ大小百餘隻ノ漁舩ハ舟ノ鼻先ヲ家屋ノ内ヘ付キ込ミ羽目板ヲ破リ居ル等誠ニ言語同断ノ大變ナリ 尚此ノ日ハ五月節句ノ當日ナレハ各村各町ハ酒宴ノ催シ盛ンナルニ當リ死人モ殊ノ外夥シト云"

"図中○印ハ被害ノ尤甚キ処ナリ 黒線ハ鐡道線ナリ 又再三ノ報知ニヨレハ岩手縣ノ分ハ死者二萬二千百八十六人負傷千二百四十四人ナリ 青森縣死者三百八人負傷百四十人ナリ 家屋ノ流亡及破壊四百八十ナリ宮城縣ハ未タ詳ナラス"

"附タリ 岩手縣ニテハ被害ノ當日大火モアリ戸數詳ナラスト雖モ水火両難恰モ人間世界ノ有様ニテハナク海嘯ノ高キケ所ハ五丈餘ニテ押寄セタル景況實ニ可驚ノ次第ナリケリ"

"明治廿九年六月廿日印刷編輯發行兼 同年同月二十三日發行印刷者 東京本郷区丸山新町三十四番地 原田音十郎"


※翻刻文、ここにあった。骨折り損。orz