2012年2月28日火曜日

美術品 心癒やせず…

美術品 心癒やせず… 誤解で貸し渋り続く 「福島は安全」懸命に訴え : 福島民報 2012年2月16日23面

" 福島市の県立美術館で六月に始まる「ベン・シャーン展」と、郡山市立美術館で昨年秋に開催した「花の画家ルドゥーテ『美花選』展」は一部の作品貸し出しが拒否された。所蔵する美術館側は拒否の理由として、放射線による作品の劣化や変質、損傷、学芸員への影響が懸念されることなどを挙げたという。
 県立美術館の空間放射線量は一階の企画展示室が毎時0.06~0.08マイクロシーベルト程度。学芸員らは測定結果を伝え、作品管理にも万全を期すことなど安全性を訴えたが米国側の姿勢は変わらなかった。"

" 一方、いわき市立美術館は昨年九月に北斎展を計画していたが、原発事故のためハワイのホノルル美術館から代表作を借りることが不可能となった。
 米国政府が原発から80キロ圏外に自国民を退避させる勧告を出したためだ。勧告は昨年十一月に解除されホノルル美術館もいわき側の熱意に応えてようやく作品貸し出しを決定した。今年七月二十一日から開催できることになったが、学芸員は同行せず作品だけを送り出す。"

" いわき市立美術館は余震の影響も懸念する。工芸品は損傷の恐れがあるとして国内からも貸し出しを断られるケースがあるという。同美術館によると、余震の影響で世界最大の保険会社が日本への作品貸し出しについて損害保険の申請を受理しないことを決めた。措置が続けば作品の借り入れが、さらに困難になるという。"

ルーブルなど被災地支援の動き

" 海外の作品所有者全てが貸し出しを拒んでいるわけではない。
 県立美術館で昨年十月末から開いた「ギッター・コレクション展」には、米ニューオリンズの眼科医が収集した約百十点が並んだ。所有者は当初、放射線の影響に不安を訴えたが、被災した本県を思いやり、予定通りの開催となった。
 また、フランスのルーブル美術館は七月、県立美術館で作品展を開催する。本県をはじめ、宮城、岩手の被災三県との連携を示す。"

2012年2月10日金曜日

いわき在住の放射化学の専門家である吉原賢二東北大学名誉教授

「福島県九条の会」 大震災・原発事故速報版 No.6 2011年3月20日

■ FM いわきで,いわき市在住の吉原賢二さん(東北大名誉教授,放射線科学の専門家・ビキニ環礁で被 爆した灰の放射能分析を行う)の話をくり返し放送している。概略,現在の放射線量では大丈夫。
ほかの情報と同様 20,000マイクロシーベルトを超えたら危険との内 容。(本日 10:49 送信)
■ FM いわき(吉原名誉教授その2)。今後について:廃炉にするしかない。東電の姿勢と国の監督によるが,市民がきちんとそれに向けた声を出していくことが大事 。万一危険な状況になった場合は,自治体がきちんと手配するはずだし,国が情報を出すはずだ。それからの避難,疎開で間 に合うはずだ。不安で避難 ,疎開するよりも,いわきで過ごしたほうが良い。(本日 12:03 発信)


「市民のために」スカイストア再開!【いわきスカイストア】 - CANPAN NEWS ~社会貢献活動のいまがわかる(カンパンニュース) 2011年3月24日

" 「何度も繰り返し放送されている、いわき在住の放射化学の専門家である吉原賢二東北大学名誉教授のお話は、私たちいわき市民を安心させてくれる、勇気づけてくれています。広島、長崎のように人間の体に大きなダメージを与える放射能と比べれば、現在のいわき市内の値は1万分の1程度に過ぎないという言葉は、これから先をどう考えていいかわからない、現在の私たちに大きな安心感を与えてくれました」(松崎さん)"


いわき地域情報総合サイト「いわきあいあい」 - 福島県いわき市の地域ポータルサイト - 3/27(日)吉原賢二先生の講演会「原発事故と環境影響について」


"3/27(日)吉原賢二先生の講演会「原発事故と環境影響について」
webmaster     2011-3-25 20:524052 友人に知らせる
東北大学名誉教授 吉原賢二先生の講演会「原発事故と環境影響について」

日時:平成23年3月27日(日)14:00-15:30
場所:草木台集会所

放射化学がご専門で、現在、FMいわきで原発事故に関して解説している、東北大学名誉教授の吉原賢二先生を講師に迎え、「原発事故と環境影響」についてお話します。
<問合せ:0246-??-????(星野さん)>

※会場には駐車場がありませんので、ご注意下さい。"




外で活動、洗濯物を干しても大丈夫|いわき情報堂 2011年04月09日(土)

" 3月27日に、いわき市内で「原発事故と環境影響」と題する講演会が行われました。

いわき市在住で、東北大名誉教授の吉原賢二さんが講師となり、原発事故がある現在、いわきに住んでいても安全なのか、など市民の不安に対して説明しました。
この中で吉原さんは「(放射線量が毎時1マイクロシーベルトに満たない)今の数値なら心配ない。いわきで普段通りの生活をしても大丈夫」と話しました。"


湯本三小のHP

" 4月22日(金)に放射線に関する教育講演会が開かれました。
体育館満席の中で、放射線について非常にわかりやすい説明に、真けんに話に聞き入っていました。講演の概要は次のとおりです。
○ 福島第一原発事故前からわたしたちは自然や人工から放射線を浴びていること。
・ 日本平均で年間3.75ミリシーベルト/年 (内訳:自然放射線1.48 医療被ばく2.25 その他) 換算すると、1日には3.75÷365=0.01ミリシーベルト/日 1時間には0.01÷24=0.00043ミリシーベルト/時 つまり、0.43マイクロシーベルト/時
・4/5現在の本校校庭の放射線量は0.97マイクロシーベルト/時なので、その差の0.53マイクロシーベルト/時は原発事故からの放射線量であることは考えられるが、国から出た3.8マイクロシーベルト/時からすると1/4の数値。
○ レベル7であっても、チェルノブイリ原発事故の比ではないこと
・福島原発は化学爆発(水素爆発)に対してチェルノブイリ原発は核爆発(広島・長崎の原爆と同等)を起こした。その威力は福島原発事故の約10000倍に相当する。
・今後も、福島原発で核爆発を起こすことはあり得ない。
・原発事故防止の三原則(運転を止める、冷やす、閉じこめる)からしても、チェルノブイリは運転を止められなかったが、福島原発は即時運転を止めた。今は、原子炉を冷やしてこれ以上拡散しないようにすることが東電の使命と考える。
○ 「確率的影響」と「確定的影響」の区別をはっきりさせること
・ 実際に起きてしまったことによる影響(確定的影響)は厳粛に受け止め、則対応しなくてはならないが、憶測や予想による影響(確率的影響)にばかり惑わされ、不要な不安・恐怖感を抱かないことが大切。"


「レベル7」現実は想像を超える 放射能汚染は終わらない | 経済の死角 | 現代ビジネス [講談社] 2011年04月25日

"人類史上、例がない

1954年ビキニ環礁に降り注いだ「死の灰」の研究に当たった吉原賢二・東北大学名誉教授(放射化学)は福島第一から46km離れた福島・いわき市内に住んでいるが、避難する気はないという。

「私が住んでいる町は、放射線量が毎時だいたい0・3マイクロシーベルトで、平常より少し高い程度ですから、大したことはありません。放出された放射性物質の量にしても、保安院の言っている37万テラベクレルと、原子力安全委員会の言う63万テラベクレルという、こんな大きな食い違いができる理由はちょっと分からない。根拠がはっきりしないので、そこは非常に不満です。

福島県内でも、浪江や飯舘村などの線量が高いですが、これは気象・地形的な条件によるものでしょう。チェルノブイリの放射線分布とはかなり違う。

原発近くの人は明らかに危険ですから、そういう地域の人は避難すべきですが、私のいる町は何の問題もないと思う。そういう実情はよく調べて、考えてもらわないといけないと思います」

吉原氏自身、かつて実験の際に被曝を経験している。その時、通常6000だった白血球が、一時4000まで下がったが、実験を休んで牛乳を飲むなどしていたら自然に回復したという。もちろんこれは外部被曝だから、いま福島で懸念されている内部被曝とは事情が違うが、放射線被曝による健康被害にはまだまだ未解明の部分が多いのも事実だ。"



放射化学ニュース 第24号 2011/08/31発行

(PDF形式, 5.90MB)

特別寄稿
福島第一原発事故とIAEA の事故評価尺度の不備(吉原賢二)………………………… 30

" 私は福島原発から 48 キロメートル離れたいわき市に住み、避難区域のすぐ近いところでこの事故のニュースを聞き、毎日ハラハラしながらテレビの報道に接した。事故が最悪とされる割には被害が少ないのをいぶかった。事故処理は長引いてはいるが、多くの死者を出したチェルノブイリに比べて福島ではひとりの死者も出ず、放射性物質に汚染された程度も小さく、深刻度はずっと低い。そこで INES の尺度を検討したところ、この尺度そのものに大きな問題があることが分かった。原子力安全・保安院は問題のある INES をそのまま引用して福島の事故を最悪のレベル 7 としたのである。
日本放射化学会の有志の方々と相談し、私が代表者となって国際原子力機関の現在の事務総長である天野之弥氏に手紙を書くこととした。INESの尺度そのものを改訂すべきことを求めたので
ある。"

大震災の中からの証し 吉原賢二 - キリスト教無教会全国集会2011 2011年11月5日

" 今年3月11日、東日本大震災が発生しました。それに加えて東京電力福島第一原子力発電所の原子炉がメルトダウンと水素爆発を起こし、大量の放射性物質が周辺地域に撒き散らされました。この大震災と原子炉事故の災厄の中にあっての私の想いと行動を、ここで証しとしてお話いたします。"



※震災後、FMいわきを聴いて情報を収集していた人なら「あぁ、あの先生か!」と思うに違いない。そうなのだ。今更ながら、その先生のこと。

※震災後、御多分にもれず私も自宅に数日籠城していた。その折に大変こころ強かったのがFMいわきが繰り返し放送した吉原賢二先生の助言だった。私は強く感謝していたにもかかわらず、その後のゴタゴタで先生のお名前を失念していた。ライフラインが復旧した頃に一度、「お名前をキチンと覚えておかなければいけない」と思い立ってアレコレ調べたのだが、その頃はネットの情報も錯綜していて埒があかなかった。

※昨日、やっとのことでこの忘恩の徒は先生の名を知ったのだ。見つけた限りの先生の事を記録しておく。

※ああ、そうだ。3月27日の自分のツイートを添付しておく。たぶんここで答えているのも吉原先生ではないだろうか。あのとき私は吹き出して、そうして少し気持ちが晴れるのを感じた。


※事故直後の3月27日に草木台で行ってくださった講演会について、「いわきあいあい」の記事を転記した。(2013年1月21日)